石原莞爾 1889‐1949
天才軍人思想家。
山形県出身。
陸軍士官学校(21期)、陸軍大学校卒業。陸大教官などを経て
1928年関東軍参謀。
この間、国柱会員としての日蓮宗信仰と欧州戦史研究とに基づき、世界最終戦争論を樹立。
最終戦争への第一段階として満蒙領有論を唱え、満州事変を指導した。
35年参謀本部課長となり、最終戦争の見地から日本と満州国を一体とした総力戦体制の確立に力を注いだ。
36年の二・二六事件では鎮圧派。
37年蘆溝橋事件がおきると、総力戦構想実現のために戦闘不拡大を主張し、参謀本部作戦部長から関東軍参謀副長に左遷された。
ここでも満州国のあり方をめぐって孤立し、
38年舞鶴要塞司令官となる。
この間、日中提携による和平の方策として東亜連盟論を唱え、
41年、中将で予備役になった後は、東亜連盟運動の指導に専念した。
敗戦後は故郷で日蓮宗信者とともに開拓生活を送った。
【平凡社世界大百科事典より】
予言と解釈
世界最終戦争とは石原莞爾が予想した世界統合戦争のことである。
その最終兵器とは救世主が発明した天の浮き舟のことである。これにより日本軍の全戦力は空軍化される。
空中兵器による個人戦が予想される。
最終戦争の形態を見事に予言した。
しかし、救世主の態度転換により日本とアメリカが戦う世界最終戦争は起こらない。
石原莞爾が天皇崇拝を貫いたのは時代の限界である。
宮殿で人々にかしづかれる貴族に大変革を指導することはできない。